研修前の社内説明会で話すこと ── 受講者の不安を先に減らす30分
「来月からAI研修を受けていただきます。日程は別途ご案内します」。受講者に届く案内が、この2行で終わることがあります。送った側は手続きを済ませた気持ちでいますが、受け取った側では別のことが起きています。「なぜ自分なのか」「AIで自分の仕事がなくなるという話なのか」「ついていけなかったら評価に響くのか」「何を準備すればいいのか」。研修の初回は、この疑問を抱えたまま始まります。
受講者の不安は、研修の中身で解くより、研修の前に社内の人が30分話すほうが早く減ります。講師は会社の事情を知らないので、「なぜ今、この部署でやるのか」「記録を人事評価に使うのか」には答えられないからです。
この記事は、研修の1〜2週間前に30分の説明会を開く想定で、話す順番と、受講者から出やすい不安への答え方、持ってきてもらうものを書きます。研修会社との打ち合わせや事前アンケートとは別の、受講者に向けて社内で話す場の話です。登場する場面や発言は架空の想定例です。
案内メールでは減らない不安がある
案内メールに研修の目的を書いても、不安は減りません。「業務効率化のため」「全社的なDX推進の一環として」と書いてある案内を読んで、安心する受講者はいないからです。受講者が知りたいのは会社の方針ではなく、自分の身に何が起きるかです。
説明会で話す人は、受講者の上司か、研修の担当者にします。講師に頼んで話してもらう手もありますが、「評価には使わない」「この業務で使う」は会社が決めることで、講師が代わりに約束できません。社内の人が自分の言葉で言うことに意味があります。
時期は研修の1〜2週間前。これより早いと忘れられ、前日だと準備が間に合いません。長さは30分で足ります。45分や1時間の枠を取ると、研修の予行のような説明が増えて、不安はかえって大きくなります。
30分の話す順番
順番には理由があります。不安が大きいものから先に答えるのではなく、受講者が最初に抱く「なぜ自分が」から順に、話を聞く土台を作っていきます。
| 時間 | 話すこと | 答える不安 |
|---|---|---|
| 0〜8分 | なぜ今やるか。この部署のどの業務で使うか。名簿に入った理由 | 仕事がなくなるのでは |
| 8〜15分 | 研修の記録の使い道。人事評価の材料にしないこと | できないと評価に響くのでは |
| 15〜22分 | 使ってよい情報の線。入れてよい書類と、消す情報 | 何を入力していいか分からない |
| 22〜30分 | 持ってくるもの。ログイン確認の日。質問 | 何を準備すればよいか分からない |
話す順番で、ひとつだけ守ってほしいことがあります。「評価には使わない」を、「なぜ今やるか」より先に言わないことです。目的を聞く前に「評価には使いません」と言われると、受講者は「評価に使う可能性があったのか」と受け取ります。
「なぜ今やるか」は、会社の話ではなく部署の業務で話す
最初の8分で話すのは、会社の方針ではなく、この部署のどの業務で使うつもりかです。「月次の取引先向け報告書の下書き」「問い合わせメールの返信の初稿」のように、受講者が毎週触っている業務の名前を出します。研修テーマが決まっていれば、その業務をそのまま言えば済みます。
ここで出やすいのが「AIで自分の仕事がなくなるのでは」という不安です。口に出す人は少なく、黙って聞いている人の中にいます。答え方は、否定ではなく分け方で示します。報告書の下書きなら、数字の転記と文章の初稿はAIに任せ、数字が正しいかと、取引先にこの表現で出してよいかの判断は人が残る。任せる作業と残す判断を、業務名で分けて話すと、自分の仕事のどこが残るかが受講者に見えます。「なくならない」と言うより、残る部分を名指しするほうが伝わります。
名簿に入った理由も、ここで一言添えます。「この業務を担当しているから」「来期からこの書類を作る側に回るから」。理由を言わないと、受講者は「できていないと思われているのか」と受け取ります。人選の考え方はAI研修に誰を出すかに書きましたが、説明会で話すのはその結論だけで足ります。
「評価には使わない」は、記録の使い道とセットで言う
次の7分は、研修の記録の話です。研修では出欠と時間の記録が残ります。助成金を使う場合は、出欠・実訓練時間・課題・修了確認の記録を申請の書類として残すことになります。受講者から見ると、これは「成績がつく」ように見えます。
「評価には使いません」と言うだけでは足りません。記録が何のために残るのか(研修を実施した証拠として会社が保管する、助成金の申請書類に添える)、誰が見るのか(研修担当と人事の手続き担当)、人事評価の面談には持ち込まないことを、順に言います。使い道が具体的に示されて初めて、「使わない」という言葉が信用されます。
ひとつ正直に書くと、「使わない」と会社として決められないなら、決められないと言うほうがよいです。たとえば「研修後に業務で使っているかは、来期の目標設定で話題にする」なら、そう伝えます。研修中の出来不出来と、研修後に業務で使ったかどうかは別のものだと分けて伝えれば、受講者が身構えるのは前者だけで済みます。
演習の中身についても触れておきます。当社の研修では、演習は匿名サンプルの学習課題で行い、研修の中で受講者の業務成果物を作ることはしません。演習の出来が業務の評価に直結しない構造になっていることを伝えると、「できないと恥をかく」という不安は小さくなります。
使ってよい情報の線は、「禁止」より「この書類は入れてよい」で話す
15分から22分は、入力してよい情報の話です。社内ルールがあれば、その入力禁止情報の区分をそのまま読み上げたくなりますが、受講者の頭には残りません。「個人情報」「機密情報」という言葉は、自分の机の上の書類とつながらないからです。
話し方を逆にします。この部署で毎週作っている書類の名前を挙げて、「これは入れてよい」「これは顧客名を消せば入れてよい」「これは入れない」と分けます。問い合わせメールの返信なら、文面は入れてよいが、差出人の氏名とメールアドレスは消す。月次報告なら、様式と文章は入れてよいが、取引先名と金額は入れない。書類名で分けると、研修のあとで自分の業務に当てるときにそのまま使えます。
「迷ったら誰に聞くか」も、ここで決めて伝えます。研修中は講師に聞けますが、研修のあとは社内で聞く先が要ります。社内ルールがまだない場合は、入力禁止の情報と相談窓口の2つだけ先に決めておけば説明会は開けます。決め方は第3条と第8条だけ先に決めるに書きました。
持ってくるものは1つに絞る
最後の8分は、準備の話です。「何を準備すればよいか分からない」という不安は、持ち物を増やすと大きくなります。持ってくるものは1つにします。自分が毎週作っている文書を1つ、固有名詞を消したもの。
なぜ実物が要るのか。研修の演習は匿名サンプルで進みますが、受講者が「自分の業務だとこうなる」と照らし合わせる相手が手元にないと、研修が終わった翌日に手が止まります。休憩時間や質疑で講師に見せたり、研修の回と回のあいだに自分のアカウントで試す題材にしたりするために、1つ持っておきます。
消すのは、顧客名・個人名・金額・取引先名。先ほど話した「使ってよい情報の線」を、受講者が自分の書類で一度なぞる作業になります。消す作業そのものが、研修で扱う線引きの練習です。説明会で「消し方が分からない」という質問が出たら、社内ルールの説明が足りていない合図なので、研修担当が個別に見ます。
あわせて、アカウントのログイン確認の日を伝えます。会社契約のアカウントを使うのか、個人の無料版を使うのかは、会社が研修の前に決めておく話です。決めていないまま説明会を開くと、「自分の無料版でいいですか」という質問に答えられません。決めることの中身は研修の前に決めるアカウントの話に書きました。
残った時間は質問に使います。答えられない質問は、その場で作らず「講師に確認して研修の前に返します」と言います。返す期日を決めて、実際に返すことまでが説明会です。
説明会で配るもの、説明会のあとにやること
説明会で配るのは、話した内容を1枚にまとめた紙です。研修の日程、使う業務の名前、記録の使い道、入れてよい書類と消すもの、持ってくるもの、ログイン確認の日、質問の相談先。受講者がこの1枚を研修の初回に持ってきていれば、講師の冒頭の説明が短くなります。
事前アンケートを取る場合は、この場で配って1週間後に締めると、研修の前に結果を講師に渡せます。設問は、答えによって研修の中身が変わるものだけに絞ります。説明会で「回答は講師と共有します」「上司には部署ごとの集計だけを返します」と口頭で言っておくと、回答の書きぶりが変わります。設問の作り方は研修の前に受講者へ何を聞くかに書きました。
説明会のあと、研修担当がやることは2つです。出た質問への回答を期日までに返すこと。全員のログイン確認を研修の数日前に済ませること。この2つが済んでいれば、初回は準備ではなく演習から始められます。
よくある質問
説明会は受講者全員を集めないと意味がないですか?
全員が同じ時間に集まれないことは多いです。その場合は2回に分けるか、出られない人に上司が同じ内容を個別に10分で話す形で足ります。避けたいのは、出た人と出ていない人で聞いた内容が違うことです。配る1枚を同じにして、口頭で話す項目も同じ順にしておけば、分けて話しても差は出にくくなります。録画を送るだけでは質問が出ないので、代わりになりにくいと考えています。
上司が「評価には使わない」と言い切れない場合はどうすればよいですか?
言い切れないなら、言い切らないほうがよいです。研修中の出来不出来は評価に使わない、研修のあとに業務で使っているかは来期の目標設定で話題にする、のように分けて伝えれば、受講者が身構えるのは前者だけで済みます。曖昧なまま「使いません」と言って、あとで面談に出てくるほうが信用を失います。記録の使い道は、説明会の前に人事と決めておいてください。
説明会を開く余裕がない場合、代わりになるものはありますか?
上司から受講者への個別の声かけが、いちばん近い代わりになります。「この業務で使うつもりで名簿に入れた」「記録は評価に使わない」「毎週作っている文書を1つ、固有名詞を消して持ってきてほしい」の3つを、1人5分で伝えます。メールだけで済ませると質問が出ないので、口頭にします。声をかけたときに出た質問や反応を講師との事前の打ち合わせで伝えていただくと、初回の進め方に反映できます。
30分で、初回の空気が変わる
研修前の説明会は、研修の予告ではなく、受講者の疑問に社内の人が先に答える場です。なぜ今、どの業務でやるか。記録は何に使い、何に使わないか。どの書類を入れてよいか。何を1つ持ってくるか。この順で30分話せば、初回の冒頭に出る「そもそもなぜ」が消え、演習に時間を使えます。
説明会で何を話すか、受講者にどう案内するかで迷う段階でも、お気軽にご相談ください。