研修の前に決めるアカウントの話 ── 無料版のまま受けると起きること
「ツールは何を使えばいいですか」。研修の相談で、テーマと人選が決まったあとに必ず出る質問です。続けて聞くと、だいたいこう返ってきます。「今は、使っている人が各自の無料版で使っています」。
これで研修を始めると、初日の最初の30分が消えます。講師が「画面を開いてください」と言った時点で、10人の画面が4種類に分かれるからです。会社契約のアカウント、個人で有料契約している人、個人の無料版、そもそも持っていない人。同じ演習をしても、出てくるものが揃いません。
正直に書くと、当社はツールの契約や設定の代行をしていません。だからこそ、研修の前に御社の中で決めておいてほしいことが4つあります。契約の主体、入力データの学習利用の設定、履歴の扱い、退職時のアカウント。この記事は、その4つを順に書きます。特定の製品名と料金は書きません。製品ごとに条件が違い、書いた翌月に変わるからです。
無料版のまま受けると、初日に起きること
架空の想定例です。営業部と総務部から合わせて10名。研修テーマは「提案書の骨子づくり」。事前の案内には「普段お使いのAIツールをご用意ください」とだけ書いてあった。
初日、演習の最初の課題で、3人の画面に「本日の上限に達しました」が出ます。無料版には利用回数や使える機能に制限があるものが多く、演習は同じ指示を何度も打ち直すので、上限に当たりやすい。その3人は隣の人の画面を見て待つことになります。
次に、出力が揃わない。同じ指示文を打っても、無料版と有料版では使えるモデルや機能が違うことがあり、片方だけ表が出せない、ファイルが読み込めない、ということが起きます。講師は「Aさんの画面ではこう、Bさんの画面ではこう」と2通りの説明をすることになり、演習の時間が削られます。
もうひとつ、地味に効くのが履歴です。個人の無料版で演習をすると、演習で使った匿名サンプルの文書と、その人が普段入れている私的な内容が、同じ履歴に並びます。当社の演習は匿名サンプルなので研修そのものに支障はありません。問題は研修のあとです。本人が業務で使い始めると、業務の入力が個人の履歴に溜まっていく。ここが後で効いてきます。
無料版が悪いわけではありません。揃っていないことが問題です。
決めるのは4つ。契約主体、学習利用の設定、履歴、退職時
4つを表にします。
| 決めること | 個人の無料版のまま | 会社契約にすると |
|---|---|---|
| 契約の主体 | 本人。会社は利用規約に同意していない | 会社。規約の確認と同意を会社が行う |
| 入力データの学習利用 | 設定の有無も内容も本人任せ | 会社が設定を確認し、対象サービス名をルールに書ける |
| 履歴の扱い | 本人のアカウントに残る。会社は見られない | 管理者が方針を決められるものがある(保存期間、共有の可否) |
| 退職時 | 会社は何もできない | 管理者がアカウントを停止し、必要なものを引き継ぐ |
右の列が正解、と言いたいわけではありません。従業員10名で、研修に出るのが3名、扱う業務が社外秘を含まない、という会社なら、左の列で始めて半年後に見直す判断も筋が通っています。その場合、当社に相談していただく必要もありません。決めずに始めることだけが問題です。
「学習に使われない」設定を、誰が確認したか
4つのうち、いちばん相談が多いのがここです。
多くのサービスに、入力した内容をモデルの学習に使わせない設定があります。無料版でも設定できるものがあり、会社契約では最初からそうなっているものもある。ただし、ここは製品と契約プランで違うので、当社から断定はできません。
決めてほしいのは設定の中身ではなく、「誰が、いつ、どの画面で確認したか」です。
ありがちなのは、情報システム担当が「学習には使われない設定になっています」と口頭で答え、それが社内に広まる形です。半年後にプランが変わり、設定画面の位置も変わり、誰も確認し直していない。それでも「うちは大丈夫」だけが残る。
確認者を1人決めて、確認した日付と画面の名前を1行、社内ルールのただし書きに書く。当社が配布している生成AI社内利用ルールのひな形には、そのための1行があります。入力してはいけない情報そのものの線引きは第3条と第8条だけ先に決めるで扱っているので、ここでは繰り返しません。
設定が確認できていない状態で研修に入る場合、演習は匿名サンプルなので進められます。ただ、研修のあと業務で使う段階で「これは入れていいのか」で止まります。研修の効果が出るのは業務で使ったあとなので、確認は研修前に済ませておくほうが収まりがいい。
履歴は誰のものか
個人アカウントの履歴は、本人のものです。会社は見られませんし、消させることもできません。
これは監視の話ではありません。困るのは、業務の型が個人の履歴の中にしかない状態です。研修で作った指示文を、本人が自分のアカウントの履歴から毎回コピーして使っている。本人には便利ですが、隣の席の人には見えません。業務で使うプロンプトの型で置き場所の話を書いたのは、この理由です。型は履歴ではなく、部署で開ける場所に置きます。
会社契約なら、履歴の保存期間や、社内での共有の可否を管理者が決められるものがあります。ここも製品で違います。決められないサービスなら、「型は履歴に頼らず、共有フォルダの1ファイルに書き出す」という運用で足ります。
1台のパソコンを何人かで使う職場では、履歴の問題が逆向きに出ます。誰の入力か分からなくなる。共有端末の扱いは製造・現場部門で生成AIを使うで触れました。
退職した人のアカウントは、会社が触れない
4つ目は、決めていない会社がほとんどです。
個人の無料版で業務に使っていた人が退職すると、そのアカウントは本人と一緒に出ていきます。業務の文書を入力した履歴も、作った指示文も、本人のアカウントの中に残ったまま。会社は削除を依頼することはできても、確認する手段がありません。
会社契約なら、退職の手続きの一覧に「AIツールのアカウント停止」を1行足すだけです。メールアカウントの停止と同じ扱いです。地味ですが、効きます。
引き継ぎも同じです。その人が作った指示文や出力の型を、退職前に共有フォルダへ移す。会社契約で管理者が履歴を扱えるなら、管理者側で取り出せることもある。ここも製品で違うので、契約時に「退職者のデータはどう扱えるか」を1つ聞いておくと後が楽です。
研修前に決める順番と、当社ができないこと
順番は、契約主体、学習利用の設定、履歴、退職時の順です。1つ目が決まると、残りの3つは決めやすくなります。会社契約にするなら管理者が決められる項目が増え、個人のままにするなら「運用で補う」項目が増える。どちらでも構いませんが、決めた内容を1枚にして受講者に配ってから研修に入ります。
ここで当社ができないことを書いておきます。
当社はツールの導入代行をしていません。どの製品にするか、契約プランの選定、アカウントの発行、設定の変更。これらは御社の情報システム担当か、そのツールのベンダーの仕事です。当社が研修の中で行うのは、「入力してよい範囲」と「人が確認する手順」を、御社の業務に合わせて受講者が身につけるところまでです。設定画面を一緒に開いて操作する、ということはしません。
決まらない場合の落としどころも書いておきます。「契約は検討中で、研修だけ先にやりたい」という相談は実際に受けます。その場合、受講者全員が同じ製品の同じプランを使う状態に揃えていただければ、演習は進められます。上限に当たったときの待ち時間は出ますが、種類が揃っていれば説明は1通りで済みます。ただ、研修後に業務で使う段階で決めることは、結局同じです。先送りはできても、省略はできません。
契約前に研修会社へ確認しておくことは契約前に確かめる5つの質問に書きました。ツールの話はそこには入れていないので、この記事で補っています。
よくある質問
会社契約にしないと、研修は受けられませんか?
受けられます。演習は匿名サンプルの学習課題なので、無料版でも進められます。ただし、受講者の間で無料版と有料版が混ざると、使える機能の差で演習が2通りの説明になり、時間が削られます。会社契約にしない場合でも、受講者全員が同じ製品の同じプランを使う状態に揃えていただくことをおすすめしています。揃っていれば、上限に当たったときの待ち時間は出ても、説明は1通りで済みます。
AI SkillPath にツールの選定や設定をお願いできますか?
できません。製品の選定、契約プランの判断、アカウントの発行、学習利用の設定変更は、御社の情報システム担当かツールのベンダーにご相談ください。当社が研修で扱うのは、入力してよい範囲と人が確認する手順を、御社の業務に合わせて身につけるところまでです。設定画面の操作を一緒に行うことはしていません。研修の前に決めておく4点を整理する打ち合わせは、事前相談の中で行っています。
個人アカウントでの業務利用を、社内ルールで禁止すべきですか?
会社によって違うので断定できません。ただ、認めるか認めないかを明文化しないままにすると、入力禁止の情報が個人アカウントから入力される経路が残ります。認める場合は、学習利用の設定を本人が確認すること、業務の型は履歴ではなく共有の場所に置くこと、退職時に履歴を消すことの3つを条件にする形を想定しています。
初日の30分を、演習に使うために
アカウントの話は、研修の中身に比べれば小さく見えます。でも決めていないと、初日の最初の30分と、研修後に業務で使い始める最初の1週間が、ここで止まります。
契約の主体、学習利用の設定を誰が確認したか、履歴の置き場所、退職時の扱い。4つを1枚に書いて、受講者に配ってから始める。無料版のままでも、揃えてあれば進みます。
どちらの形にするか、御社の規模と扱う業務で迷っている段階でも、ご相談いただけます。ただし契約と設定そのものは、情報システム担当かベンダーの担当領域です。