社内のよくある質問を生成AIで答える ── 回答集の作り方と、答えさせてはいけない質問
「経費精算の締めって、今月いつでしたっけ」「有給って何日前までに出せばいいんでしたっけ」「パスワードがロックされました」。月末の総務の席、月初の人事の席、月曜の朝の情シスの席には、だいたい同じ質問が来ます。どれも規程や手順書に書いてあります。それでも、探すより聞くほうが早いから聞きます。
総務・人事・情シスの3部署に共通するのは、答えが規程に書いてある質問を、毎週同じように答えていることです。情シス向けの回答集づくりは社内のIT問い合わせに生成AIを使うで、総務の文書仕事の全体は総務で生成AIを使える業務8選で扱いました。どちらも、回答集は使える業務の1つとして触れただけです。
この記事は、その回答集に絞ります。規程をもとに回答集を作り、生成AIに答えさせるまでの手順、回答に出典を付けさせる理由、答えさせてはいけない質問、回答集を誰が更新するか。登場する会社や規程、締め日は架空の想定例で、実際の顧客事例ではありません。
回答集は規程の代わりではなく、規程への案内
最初に、この取り組みで作るものを決めておきます。作るのは、規程を社員向けに言い換えた回答集です。規程の代わりではありません。
この区別が効くのは、AIに答えさせたあとです。AIの回答に「経費精算規程 第6条」と出典が付いていれば、聞いた社員は迷ったときに規程に戻れます。出典がなければ、AIの言い換えが正しいかどうかを、誰も確かめられません。
生成AIは、一般的な会社の経費精算のルールも知っていて、聞けばそれらしく答えます。それが自社の規程と違っていても、文章は自然です。だから、回答集は1件ごとに出典を持ち、AIには、回答集の外の知識で答えないこと、出典のない回答をしないことを指示します。この「それらしさ」を止めるためです。
手順1:載せる質問は、過去の問い合わせから拾う
回答集に載せる質問は、過去3か月分の問い合わせから拾うほうが早く、偏りも出ません。社内チャットの3部署宛ての投稿と、各部署の代表アドレスに来たメールを、氏名と所属を伏せて集め、質問の型ごとに分類します。分類の作業はAIに向いています。件名と質問の部分を渡し、「同じ趣旨の質問をまとめ、件数の多い順に並べて」と頼みます。
架空の想定例として、従業員80名の会社で3か月分を分類すると、上位はこのあたりに集まります。
| 部署 | 上位に来る質問の例 | 出典になる規程・手順書 |
|---|---|---|
| 総務 | 経費精算の締め日、交通費の精算方法、名刺・備品の発注先、来客用会議室の予約 | 経費精算規程、旅費規程、備品管理の手順書 |
| 人事 | 有給休暇の申請方法と期限、慶弔休暇の日数、時間外勤務の申請、住所変更の届出先 | 就業規則、休暇規程、各種届出の手順書 |
| 情シス | パスワードの再設定、社用携帯の故障時の連絡先、共有フォルダのアクセス申請、在宅勤務時の接続方法 | 情報システム利用規程、アカウント管理の手順書 |
最初に載せるのは、上位20〜30問で足ります。全部を載せようとすると、出典の確認が終わらずに公開が遅れます。残りは運用しながら足します。
分類に渡す文面には、本人の事情が混ざります。「母の介護で来月から時短にしたい」という投稿は、質問の型としては「時短勤務の申請方法」ですが、本文は個人の事情です。渡す前に事情の部分を削るか、件名だけを渡す形にします。
手順2:1件の書き方は、質問・回答・出典・確認日・担当
回答集の1件は、この5項目で作ります。架空の想定例です。
質問:経費精算の締め日はいつですか
回答:毎月5日までに、経費精算システムで申請します。5日が休日の場合は翌営業日です。領収書の原本は、申請後1週間以内に総務の精算ボックスへ入れてください。
出典:経費精算規程 第6条(2026年4月1日改定版、3ページ)
確認日:2026年10月1日
担当:総務(経費精算規程の所管)
回答の下書きはAIに任せられます。規程の該当する条文と、過去にその質問へ返したメールの文面を渡し、「この条文を根拠に、社員向けの回答を3文以内で。条文にないことは書かない」と頼みます。出てきた回答を、担当者が条文と読み比べて確定します。読み比べで直すところは決まっています。条文に書いていない補足をAIが足していないか。「原則として」「やむを得ない場合は」のような条件を、AIが落としていないか。数字と日付が条文と一致しているか。この3点です。
出典の書き方は、規程名だけでなく、条や項、改定版の日付、ページまで書きます。規程名だけでは、改定で条が移ったときにたどれなくなります。社内資料に出典を残す考え方は調べものに生成AIを使うときの出典の扱いに書きました。あちらは社外の資料、こちらは自社の規程ですが、「あとから読む人が元の資料に戻れる」という条件は同じです。
手順3:AIへの指示は「回答集の外に出ない」「出典を付ける」「ない質問は人へ」
回答集ができたら、AIに答えさせます。社内チャットにボットとして置く方法と、会社で契約しているAIサービスに回答集のファイルを読ませる方法があります。どちらでも、AIに渡す指示は同じ4点です。
- 回答は、渡した回答集の記載だけを根拠にする。回答集にない内容を一般的な知識で補わない
- 回答の末尾に、回答集に書かれた出典をそのまま付ける
- 回答集に該当する質問がない場合は、答えを作らず「回答集にありません。総務(人事・情シス)へご連絡ください」と返す
- 「今回だけ」「私の場合は」のような例外の可否や個別の事情に関する質問には、該当する規程の出典を示すだけにして、可否は答えない
公開する前に、20問で試験します。回答集にある質問を10問、ない質問を5問、例外の可否を聞く質問を5問。見るのは、後の10問にAIがどう返すかです。回答集にない質問に、それらしい答えを返していたら、指示を直してやり直します。出典が付いていない回答が1つでもあれば、同じです。試験は、回答集を作った担当者ではなく、別の部署の社員1人に頼みます。作った本人は、聞き方を無意識に回答集へ寄せてしまいます。
答えさせてはいけない質問
規程をもとにした回答集でも、載せない質問、AIに答えさせない質問があります。4つに分かれます。
- 個人の評価・給与・懲戒:「自分の評価がなぜこうなったか」「同期と給与が違う理由」「この行為は懲戒になるか」。規程に評価の時期や懲戒の種類は書いてありますが、個人に当てはめた答えは、人事が本人と話すものです。回答集に載せるのは、評価の時期や懲戒の種類の一覧までです。人事の業務の線引きは人事・採用で生成AIを使える業務8選に書きました
- 法令の解釈:「この残業は法律上問題ないか」「この休暇は法律で取れるはずでは」。就業規則の条文と出典を示すことはできても、法令に照らした判断は社労士や弁護士の領域です。回答集には載せず、AIにも答えさせません
- 例外の可否:「締め日を過ぎたが今回だけ精算できるか」「申請期限を過ぎたが有給を取れるか」。いちばん多く来て、いちばん危ない質問です。AIが「可能です」と答えた瞬間、規程が上書きされます。可否を決めるのは所管部署の担当者か上長で、AIは出典を示して担当へ案内するまでです
- 個人のデータを参照する質問:「私の有給の残日数」「私の今月の精算は承認されたか」。AIは勤怠や精算のシステムを見ていないので答えられず、それでも答えようとすると数字を作ります。システムの確認先を案内するまでにします
4つに共通するのは、規程を読めば答えが出る質問ではない、ということです。誰かが判断するか、個人のデータを見ないと答えが出ません。迷ったら「規程の条文を示せば答えになるか」で判断すると、線が引きやすくなります。なお、ここに書いたことは一般的な検討材料であり、法的助言ではありません。必要に応じて専門家にご確認ください。
手順4:更新担当は規程ごとに決め、改定と同時に直す
回答集でいちばん起きる事故は、古くなることです。経費精算の締め日が5日から7日に変わったのに、AIは5日と答え続ける。出典に改定版の日付が付いていても、気づかない社員のほうが多いです。
更新の担当は、回答集全体に1人置くのではなく、規程ごとに置きます。経費精算規程の件は総務、休暇規程の件は人事、情報システム利用規程の件は情シス。1件ごとの「担当」の列は、このためにあります。
更新のきっかけは2つです。1つは規程の改定で、改定の決裁が下りたら、施行日の前に該当する件を直し、確認日と出典の改定版の日付を更新します。新旧対照表をAIに渡して「回答集のどの件に影響するか」を挙げさせると、見落としが減ります。確定するのは担当者です。もう1つは、改定のない規程の定期の確認で、四半期に1回、担当が自分の件を読み直して確認日を更新します。直すところがなくても、確認日が新しくなることに意味があります。
それと、月に1回、AIが「回答集にありません」と返した質問を集めて、載せるべき質問が増えていないかを見ます。ここを見ずに放っておくと、回答集は最初の20〜30問のまま止まります。
よくある質問
回答集を作らずに、規程のファイルをそのままAIに読ませて答えさせてはいけませんか?
できなくはありませんが、おすすめしません。規程は条文が長く、条件や例外が別の条に分かれているため、AIが条文を読み違えて言い換えると、出典が付いていても回答が条文と食い違います。人が条文と読み比べて確定した回答集を根拠にさせるほうが、公開前の試験も改定時の更新も軽くなります。就業規則や給与規程のように、賃金の表や個人に関わる記載を含む文書は、そのまま入力しない前提です。
出典を付けても、社員が規程を読みに行かなければ意味がないのでは?
読みに行く社員は少ない前提で構いません。出典は、社員のためというより、回答が条文と食い違ったときに担当者が元に戻るため、そして例外の可否を聞かれたときに「ここに書いてある。判断は担当」と返すためのものです。社員にとっても、規程名と条が出ることで、その答えが会社のルールであって、AIの意見ではないと伝わります。出典のない回答は、社員が「AIがそう言った」と受け取るので、あとで困ります。
総務・人事・情シスを合わせた研修で、回答集づくりを演習にできますか?
できます。管理部門で1クラス(2〜15名程度)にして、匿名サンプルの質問と架空の規程を題材に、5項目の書き方、AIへの指示文、公開前の20問の作り方を演習する形を想定しています。3部署が同じ回答集を使うので、合同で受けると担当の列の決め方がその場で話せます。演習は匿名サンプルの学習課題で行い、御社の実際の規程や問い合わせを研修の中で処理することはしません。
規程に戻れる回答だけを、AIに答えさせる
過去の問い合わせから上位20〜30問を拾い、1件を質問・回答・出典・確認日・担当の5項目で書く。AIには回答集の外に出ないこと、出典を付けること、ない質問は人へ案内することを指示し、公開前に20問で試す。個人の評価・給与・懲戒、法令の解釈、例外の可否、個人データの参照には答えさせない。更新担当は規程ごとに置き、改定と同時に直す。出典に戻れる回答だけを答えさせる、という一点を守れば、回答集は3部署の時間を少しずつ返してくれることを見込んでいます。
自社の問い合わせのどこから回答集にするか整理したい段階でも、お気軽にご相談ください。
部署と業務を選ぶだけのAIに任せられる業務の診断では、総務や人事、情シスを選ぶと、自部署の業務に当てはめた候補を出せます。AIに任せられる業務の上位3つと、任せない業務、研修テーマの案がその場で出ます(入力不要)。