業務マニュアルを生成AIで作る ── 手順の聞き取りから初版まで、現場に渡す前に直す3点

月末の締め処理、入退社の手続き、年に一度の社会保険の算定基礎届、取引先ごとに違う請求書の送り方。事務や管理の仕事には、担当者が一人で回していて、その人が休むと止まる業務がいくつもあります。「マニュアルはありますか」と聞くと、「頭の中にはある」「前任者のメモが共有フォルダのどこかにある」という答えが返ってくることが多いです。

マニュアルが書かれない理由は、書く時間がないからです。業務を知っている人ほど忙しく、書くより自分でやるほうが早い。ここに生成AIを入れると、「書く」工程を「話して、直す」工程に変えられます。ベテランに30分話してもらい、録音を文字起こしして、AIに手順の箇条書きと初版を作らせる。書くのが苦手な人でも、話すことはできます。

ただし、AIが出した初版をそのまま現場に渡すと、たいてい失敗します。文章としては整っているのに、例外のときにどうするかが書かれていない、画面の名前が実際と違う、やってはいけないことが抜けている。この記事では、聞き取りから初版までの流れと、渡す前に直す3点、そのあと誰がいつ直すかの決め方を書きます。登場する業務や所要時間は架空の想定例で、実際の顧客事例ではありません。

製造現場の作業手順書については製造・現場部門で生成AIを使うで扱いました。本稿は、経理・総務・人事・営業事務といった、パソコンの画面と帳票で進む事務・管理業務のマニュアルを対象にします。

マニュアルが無いのではなく、ベテランの頭の中にある

対象にする業務の選び方から始めます。候補は、「担当が一人」「頻度が低い」「手順が長い」のどれかに当てはまる業務です。

  • 担当が一人:給与計算の締め、支払手形の管理、社用車の保険更新。その人が休むと止まる
  • 頻度が低い:年末調整、算定基礎届、株主総会の招集通知。毎回、思い出すところから始まる
  • 手順が長い:新規取引先の登録(与信確認→基本契約→システム登録→請求条件の設定)。途中で抜けが出る

毎日やっていて担当が複数いる業務は、後回しで構いません。身体が覚えていて、聞ける人も近くにいるからです。

対象を1つ決めたら、話してくれる人を決めます。業務をいちばん知っている人が、話すのが得意とは限りません。得意でなくても構いません。聞き手が質問する形にすれば、答えるだけで済みます。

聞き取りから初版までの流れ(想定例)

以下は架空の想定例です。所要時間は業務の長さと話す人の慣れで変わり、効果を保証するものではありません。

工程担当内容
1. 聞き取りを録音する人聞き手が質問し、担当者が答える。30〜40分。画面を開きながら話してもらう
2. 文字起こしAI録音をテキストにする。話し言葉のまま、まだ整えない
3. 手順の箇条書きAI文字起こしから「何を見て、何をして、何ができたら次へ進むか」の箇条書きを作らせる
4. 初版の作成AI箇条書きを、社内のマニュアルの型(目的・頻度・担当・手順・注意点)に流し込む
5. 3点を直す人例外の扱い、画面名・帳票名の正式名称、やってはいけないことを、担当者本人が直す
6. 次にやる人が試す人担当者以外が初版を見ながら実際にやり、つまずいた箇所を直して確定する

想定例として、ゼロから書くと数日かかっていたマニュアルの初版が、聞き取りの翌日には直す段階に入る、という変化を見込んでいます。AIが担うのは2〜4、人が担うのは1・5・6です。文字数で言えばAIの工程のほうが多く、時間で言えば人の工程のほうが長い。これが普通です。

録音のときは、会議の議事録と同じで、録音することを本人に伝え、録音データの保管と削除の期限を決めておきます。録音に顧客名や従業員の個人情報が入りやすい業務(給与、人事、債権管理)では、文字起こしの前に該当箇所を伏せるか、会社として契約しているサービスで入力内容が学習に使われない設定を確かめてから渡します。録音と入力禁止情報の決め方は議事録に生成AIを使うときの社内ルールと同じ考え方です。

聞き取りで聞く4つのこと

録音の質で、初版の質がほぼ決まります。聞き手が用意する質問は、次の4つの型で足ります。

  1. きっかけ:この業務は、何が起きたら始まりますか(月末の3営業日前、入社日の決定、取引先からのメール)
  2. 見るもの・入力するもの:どの画面、どの帳票、どのファイルを開きますか。どこに何を入れますか
  3. 終わりの判定:何ができたら終わりですか。誰に渡しますか
  4. 困ったとき:これまでに困ったこと、やり直しになったことはありますか

4番目を聞かないと、順調なときの手順しか残りません。「以前、締め日が祝日と重なって前倒しした」「振込先の口座が変わっていて差し戻された」といった話は、4番目の質問でしか出てきません。

聞き取りは、画面を実際に開きながら話してもらいます。「ここをこうして」という指示語が増えますが、聞き手がその場で「それは何という画面ですか」と聞き返せば、録音に正式名称が残ります。

業務マニュアルを生成AIで作る流れ。左に聞き取りの録音から初版、次にやる人が試すまでの4工程、右に現場に渡す前に直す3点(例外の扱い、画面名・帳票名の正式名称、やってはいけないこと)と更新の仕組みを示した図
初版まではAIが中心。渡す前の3点と、そのあとの更新は人が持ちます。

現場に渡す前に直す3点

AIが作った初版は、文章として読みやすい分、抜けに気づきにくい。渡す前に、担当者本人が次の3点を直します。

1. 例外の扱い

初版には、順調に進んだときの手順だけが書かれていることが多いです。聞き取りで「困ったとき」を聞いていても、AIはそれを本文の流れから外して「注意点」に一行だけ書くか、落とすことがあります。

直し方は、手順の各ステップに「〜の場合は」を足すことです。「請求書の金額が発注書と違う場合は、登録せずに営業担当に差し戻す」「入社日が月の途中の場合は、社会保険の資格取得日を入社日にする」。例外は、手順の脇ではなく、手順の中に置きます。

全部の例外を書く必要はありません。過去1年で実際に起きたものだけで足ります。

2. 画面名・帳票名の正式名称

文字起こしには「あの画面」「いつもの帳票」「緑のやつ」が残ります。AIはこれを「取引先登録画面」「支払一覧表」のように、それらしい名前に置き換えて出してきます。実際のシステムのメニュー名が「得意先マスタ」で、帳票の正式名が「支払予定表」なら、初版の名前は全部違っています。

直し方は、実際の画面を開いて、メニューに表示されている名前と、帳票の右上に印字されている名前に揃えることです。社内の呼び名が定着しているなら、「得意先マスタ(取引先登録)」のように、正式名称のあとに括弧で併記します。

この作業は、担当者本人でないとできません。次にやる人は、どの名前が正しいかを知らないからです。AIの出力で固有名詞から先に見る理由はAIの出力をどう確認するかに書きました。

3. やってはいけないこと

「やること」は録音に残りますが、「やってはいけないこと」は、担当者にとって当たり前すぎて口に出ません。「支払データの承認は、作成した本人がしない」「源泉徴収票の再発行は、本人確認なしに送らない」「締め後に伝票を修正するときは、経理責任者に先に連絡する」。こうした一文がマニュアルに無いと、次にやる人は悪気なくやってしまいます。

直し方は、担当者に「このマニュアルを読んだ新人が、やりそうで困ることは何ですか」と聞くことです。出てきたものを、該当する手順の直後に「してはいけないこと」として書きます。多くても5つ程度に絞ります。多いと読まれません。

初版を試すのは、担当者本人ではなく「次にやる人」

3点を直したら、担当者以外の人に、初版だけを見て実際にやってもらいます。担当者本人が読み返しても、抜けは見つかりません。頭の中で補ってしまうからです。

試す人がつまずいた箇所が、直す箇所です。「この画面がどこから開くか分からなかった」「この帳票は誰からもらうのか書いていない」。つまずきをその場でメモし、担当者が直して確定します。1回で済まないこともありますが、2回目は短く済むケースが多いです。

試すときは、本番のデータではなく、テスト環境か、取り消せる操作の範囲で行います。それができない業務(振込、申告、対外的な通知)は、担当者が横について、実行の直前で止める形にします。

更新の仕組み:誰が、いつ直すか

マニュアルは、作った日から古くなり始めます。システムの画面が変わる、帳票の様式が変わる、担当が替わる。更新の仕組みが無いと、1年後には「マニュアルはあるけど、今とは違う」状態になり、結局また頭の中に戻ります。

決めるのは3つです。

決めること内容
所有者マニュアル1本につき1人。直す権限と責任を持つ。担当者本人か、その上長
直すきっかけシステムの更新、帳票や様式の変更、担当交代、年に1回の見直し日。この4つが来たら所有者が見直す
版と日付表紙に「第◯版・最終更新日・所有者」を書く。変更履歴を末尾に3行で残す

直す作業にも生成AIが使えます。変更点を所有者が箇条書きで渡し、該当箇所の書き換え案を出させて、所有者が確かめて差し替える。ゼロから作ったときと同じ分担です。

担当交代のときは、新しい担当者が3か月使ったあとに「分かりにくかった箇所」を所有者に伝える、という一手間を入れておくと、マニュアルが実態に追いつきます。

よくある質問

担当者が話すのを嫌がります。録音せずに作れますか?

できます。録音の代わりに、聞き手が聞き取りながらメモを取り、そのメモをAIに渡して箇条書きにする形でも成り立ちます。ただ、メモは聞き手の解釈が入るので、画面名や例外の話が落ちやすくなります。録音を嫌がる理由が「声が残ること」なら、文字起こしが終わったら録音を消す運用を先に伝えると、了承が得られるケースが多いです。

マニュアルに画面の画像を入れたいのですが、AIにできますか?

画面の取得はAIではなく人が行います。初版の各手順に「ここに〇〇画面の画像」と置き場所だけ書かせ、担当者が実際の画面を撮って貼る形です。撮るときは、顧客名や金額などの実データが映らないよう、テスト環境かサンプルデータで表示した画面を使います。本番画面しか無い場合は、該当箇所を塗りつぶしてから貼ります。

研修でマニュアル作成を題材にできますか?

できます。総務・経理・人事などの管理部門の研修テーマとして、聞き取りの質問の型、文字起こしから箇条書きを作る指示、社内のマニュアルの型への流し込みまでを演習で順に行う形を想定しています。演習は匿名サンプルの学習課題で行い、自社の実際の業務を題材にする場合は、入力してよい情報の範囲を先に決めてから進めます。

話して、直して、次の人に試してもらう

事務・管理業務のマニュアルを生成AIで作るときの分担は、聞き取りと確定が人、文字起こしと箇条書きと初版がAIです。初版は読みやすい分、例外・正式名称・やってはいけないことの3点が抜けやすいので、担当者本人が直してから、次にやる人に試してもらう。そのあと、所有者と直すきっかけと版を決めておけば、頭の中にあった業務が、文書として残り続けます。

どの業務から始めるか迷っている段階でも、お気軽にご相談ください。