社内のIT問い合わせ(ヘルプデスク)に生成AIを使う ── 回答集・手順書・ベンダーへの問い合わせ文と、渡さない情報の線引き
「パスワードを忘れました」「プリンターが動きません」「このメール、開いていいですか」
従業員50名の会社で、情報システムの担当が1人、しかも総務と兼任。この状態で、1日に来る問い合わせが5件、10件。1件ずつは数分で片づきますが、その数分のたびに本来の仕事が止まります。研修の相談で情シスの方に会うと、たいていこの話から始まります。
顧客向けの問い合わせ対応については、問い合わせ対応の返信文を生成AIでに書きました。この記事は社内向け、つまり社員から情シスに来る問い合わせの話です。相手が社員なので顧客対応より軽く扱われがちですが、扱う情報はむしろ危ないものが多い。パスワード、アカウント、ネットワークの構成。線引きの話が長くなるのは、そのためです。
前半で使える業務を7つ、後半で渡してはいけない情報と、任せてはいけない判断を書きます。登場する会社や件数は架空の想定例で、実際の顧客事例ではありません。
問い合わせを減らす仕事と、問い合わせに答える仕事は別
情シスの仕事を、この2つに分けてから考えます。
答える仕事は、その場で1件ずつ片づけるものです。減らす仕事は、同じ質問が二度来ないようにするもの。回答集、手順書、通知文。全部「書く」仕事で、情シスの中でいちばん後回しにされている仕事でもあります。忙しいから書けない、書けないから忙しい。
生成AIが効くのは、減らす仕事のほうです。答える仕事にも一部使えますが、そこは後半の線引きと重なるので、慎重に書きます。
社内ヘルプデスクで使える7業務(想定例)
| 業務 | AIに渡すもの | 渡さないもの |
|---|---|---|
| 01 よくある質問の回答集を作る | 過去の問い合わせの件名と回答(社員名を除く) | 個別の社員の事情 |
| 02 手順書の文章部分を作る | 操作の流れを箇条書きにしたメモ、画面の名前 | 管理者用の設定値、初期パスワード |
| 03 問い合わせ内容の分類と集計 | 件名と本文(氏名・所属を伏せる) | ── |
| 04 ベンダーへの問い合わせ文 | 症状、発生日時、機種名、試したこと | 社内のIPアドレス、契約番号 |
| 05 メンテナンス・更新の社内通知 | 日時、影響する範囲、社員にしてほしいこと | ── |
| 06 新入社員向けの初期設定の案内 | 設定する項目の一覧と、その順番 | アカウント名の規則、初期パスワード |
| 07 エラーメッセージの平易化 | エラー文(IDや社内のホスト名は伏せる) | ログの全文 |
01は、02と03の結果でできます。分類して件数の多い順に並べ、上位10問の回答を書く。回答の下書きはAIで、確定は情シス。顧客向けの返信文と同じ手順で、渡す材料が社内向けになるだけです。
02について。手順書は画面のスクリーンショットが主役で、文章は脇役です。AIが担うのは脇役のほう。「設定→アカウント→追加、の順で開く」というメモを渡して、人が読める手順文に整えてもらう。画面の撮影と貼り付けは人がやります。ここをAIでやろうとして止まる方が多いのですが、文章だけで十分です。
04は、情シスの方が「これは助かる」と言う項目です。ベンダーのサポート窓口は、症状・環境・再現手順・試したこと、が揃っていないと一往復増えます。この4つを型にして、AIに整えさせる。往復が1回減るだけで、復旧までの時間が変わります。
07は、社員向けというより情シス自身の時間を減らします。英語のエラーメッセージを、何が起きているかの日本語に直す。原因の確定ではなく、次に何を確かめるかの見当をつける用途です。
渡してはいけない情報
ここからが本題です。社内ヘルプデスクで扱う情報には、社外向けより危ないものが混ざります。
| 渡さないもの | 理由 |
|---|---|
| パスワード、初期パスワード、ライセンスキー | 1件でも漏れれば、そのアカウントは他人のもの |
| アカウント名の命名規則、管理者アカウントの情報 | 規則が分かると、他の社員のアカウント名が推測できる |
| 社内のIPアドレス、ホスト名、ネットワーク構成図 | 攻撃の下調べに使える情報そのもの |
| ログの全文 | 誰がいつ何をしたかが含まれる |
| 退職者・休職者の氏名を含む問い合わせ | 人事情報になる |
「パスワードをリセットしてほしい」という問い合わせ自体は、01の回答集に載せて構いません。載せるのは「リセットの手順」であって、誰かのパスワードではないからです。この区別は、情シスの中では自明でも、社員には自明ではありません。回答集の冒頭に「パスワードそのものはチャットやメールに書かない」と1行入れておきます。
入力してよい情報の決め方は、社内ルールは第3条と第8条だけ先に決めるに書きました。情シスが関わるなら、第3条の入力禁止情報にこの表の5行を足す形が収まりがいいと考えています。
任せてはいけない判断
情報の線と別に、判断の線があります。
障害が起きているときの判断。「サーバーを再起動してよいか」「全社に通知するか」「ベンダーに緊急で連絡するか」。ここでAIに聞くと、それらしい手順が返ってきます。それらしいので、従いたくなります。ただ、その手順が自社の構成で正しいかどうかを、AIは知りません。障害対応の判断は人が行います。AIに任せられるのは、対応が終わったあとの報告書の下書きです。
もう1つは、不審なメールや添付ファイルの判断です。「このメールは開いても大丈夫ですか」と社員から来た問い合わせを、AIに転送して判定させる。これはやめてください。メール本文を外部サービスに入れること自体が内容によっては問題になりますし、判定を外したときの被害が大きすぎます。判定は情シスが行い、その判定基準を回答集に書くところまでがAIの出番です。
3つ目。アクセス権限の付与。「この人にこのフォルダの権限を付けていいか」は業務上の判断で、情シスの判断でもありません。所属長が決めることです。AIには聞くことすらできない種類の質問です。
情シスが1人の会社で、この話をどう進めるか
正直に書くと、情シスが1人しかいない会社では、情シスを集めた研修はできません。当社の研修は部署単位で2名からですが、1人の部署はそもそも集まれません。
その場合は、他部署の研修に情シスを1〜2名混ぜる形を想定しています。総務や営業の研修に情シスが入ると、演習中に「これは入力していいのか」という質問がその場で解決します。受講者の混ぜ方はAI研修に誰を出すかに書いたので、ここでは繰り返しません。
問い合わせ管理システムの導入は、当社では行いません。分類と回答集はスプレッドシートとチャットで始められますし、そこから先にシステムが要るかどうかは、件数を見てから決めれば足ります。件数が月に30件を切るなら、システムはたぶん要りません。
回答集を作ったあとに、問い合わせが減らない理由
回答集を作っても、問い合わせは減らない。これは、よくあります。
理由は、社員が回答集を探すより、情シスに聞くほうが早いからです。回答集の出来ではなく、置き場所の問題です。全社チャットの固定メッセージ、共有ドライブの最上段、社内ポータルの最初のリンク。「情シスに聞く前に、ここを見る」という動線が、情シスに聞く動線より短くないと使われません。
それと、問い合わせが来たときの返し方です。回答集に載っている質問には、回答ではなく回答集のリンクを返す。少し冷たく感じますが、これを3か月続けると、探してから聞く人が増えるケースが多いです。
よくある質問
社員からの問い合わせを、そのままAIに貼り付けて回答を作ってよいですか?
氏名・所属・アカウント名を伏せた上で、件名と症状の部分だけを貼る形を想定しています。本文にパスワードや社内のIPアドレスが書かれていることがあるので、貼る前に目視で確かめてください。不審なメールの判定や、障害時の対応の判断は、AIに聞かず情シスが行います。回答集に載っている質問なら、AIに聞くまでもなく回答集のリンクを返すほうが早いです。
手順書をAIに作らせると、画面と合わない手順が出てきませんか?
出てきます。AIは自社の画面を見ていないので、一般的なソフトの手順を補って書きます。渡すのは操作の流れを箇条書きにしたメモと画面の名前で、AIには文章の整形だけを任せる形にしてください。完成した手順書は、情シス以外の社員が1人、実際に画面を開いて手順どおりにやって確かめるのが確実です。情シス本人が確かめると、省いてよい手順を無意識に補ってしまいます。
情シスが1人しかいないのですが、研修は受けられますか?
情シスだけのクラスは組めませんが、他部署の研修に1〜2名混ざる形で受けられます。総務や営業の研修に情シスが入ると、入力してよい情報の判断がその場で決まるので、むしろその形をおすすめしています。ヘルプデスクの回答集づくりを演習の題材にすることもできます。演習は匿名サンプルの学習課題で、御社の実際の問い合わせを研修の中で処理することはしません。
減らす仕事にAIを、答える判断は人に
社内ヘルプデスクで生成AIが効くのは、回答集、手順書、分類、ベンダーへの問い合わせ文、通知文のような「減らす仕事」です。パスワード、アカウント、ネットワーク構成、ログは渡さない。障害対応、不審メール、権限付与は人が判断する。この線が先に引けていれば、情シスが1人の会社でも、問い合わせの数は減らしにいけます。
自社の問い合わせのどこから手をつけるか整理したい段階でも、お気軽にご相談ください。
自部署の業務に当てはめて候補を出すなら、部署と業務を選ぶだけのAIに任せられる業務の診断が使えます。AIに任せられる業務の上位3つと、任せない業務、研修テーマの案がその場で出ます(入力不要)。