助成金を使わないという判断 ── 手間・時期・社内の負担で比べる

「せっかく制度があるんだから、使わないと損ですよね」。研修の相談で、人材開発支援助成金の話になると、この一言がよく出ます。気持ちはよく分かります。ただ、相談を重ねていくと、使うかどうかを比べた結果「今回は使わない」と決める会社も、少なからずあります。

使わないという判断は、制度を軽く見ているわけではありません。研修を始めたい時期、書類にかかる社内の手間、記録の負担、支給されない可能性、社労士への依頼。これらを並べて比べたとき、今回の研修には合わないと分かる、ということです。

この記事は、その比べ方を書いたものです。制度を使うことを勧める記事でも、使わないことを勧める記事でもありません。先に書いておくと、助成金の要件は年度やコース区分によって変わり、支給の可否は管轄労働局の審査で決まります。この記事は特定の会社の可否を述べるものではなく、必要に応じて社会保険労務士等の専門家にご確認ください。登場する会社は架空の想定例で、実際の顧客事例ではありません。

「使わないと損」は、金額だけを見た言い方

「損」という言葉には、助成され得る金額だけが入っています。一方で、制度を使うことで増えるものは、お金の形をしていません。研修を始められる時期が後ろにずれること。担当者が書類に使う時間。研修当日に記録を残す手間。社労士に頼むならその報酬。これらは見積書にも稟議書にも出てこないので、比べるときに抜け落ちます。

見えない側を書き出してみると、比べ方が変わります。使うかどうかは、助成され得る金額と、使うことで増える負担を、同じ紙に並べてから決めるものです。

もう1つ、金額の側も確かなものではありません。支給の可否と金額は審査で決まるので、検討の段階で分かっているのは、要件に当てはめた場合の見込みだけです。確かな負担と、確かでない見込みを比べている、という前提は押さえておいてください。

比べる材料1:研修を始める時期

いちばん効いてくるのが時期です。人材開発支援助成金は、多くの場合、研修を始める前に労働局へ計画の届出をします。届出の期限は研修の開始日から逆算して決まり、届出の時点でカリキュラム、日程、受講者が固まっている必要があります。

つまり、使うと決めた時点で、研修の開始日は「届出に間に合う日」より後ろになります。稟議や社労士の確認の時間を足していくと、思っていた開始日から1か月、2か月と後ろにずれることは珍しくありません。逆算の考え方は計画届を開始1か月前から逆算するに書きました。

ここで比べるのは、ずれた分の時間に何が起きるかです。繁忙期の前に研修を終えたかった。新しい業務の立ち上げに合わせて受講者に身につけてほしかった。そういう事情があるなら、2か月の遅れは、助成され得る金額では取り戻せないこともあります。

比べる材料2:書類の手間と担当者の時間

制度を使うと、計画届と支給申請の2回、書類を作って出すことになります。計画届にはカリキュラムや受講者の情報、支給申請には実施の記録や経費の支払いを示す書類が要ります。労務の書類として、就業規則や賃金台帳、出勤簿の提出を求められることもあります。全体の流れは申請手順の5工程にまとめています。

この手間を、担当者の時間で見積もってみます。社内に労務の担当がいて、普段から書類が整っている会社なら、負担は大きくありません。総務と経理を1人で兼ねている会社や、就業規則が古いままの会社では、書類を揃えるところから始まります。その時間を担当者の時給で換算し、見込みの金額と並べてみると、判断の材料になります。

社労士に頼む場合は、手続きの多くを任せられます。そのぶん報酬がかかり、事務所を探して契約する手間も出ます。顧問社労士がいても、助成金を扱っていないことがあります。頼み方の整理は社労士にどう頼むかに書いています。

人材開発支援助成金を使う場合と使わない場合を、開始時期、書類と担当者の時間、当日の記録、社労士への依頼、費用の見通しの5項目で左右に並べ、下に使わない判断が合う会社の形を4つ示した図
助成され得る金額だけでなく、使うことで増える負担を同じ紙に並べてから決めます。

比べる材料3:当日の記録の負担

制度を使う場合、研修当日に残す記録が増えます。受講者ごとの出欠、開始と終了の時刻、遅刻や早退、中抜けの記録などです。当日に残さなかった記録は、後からは作れません。何をいつ誰が残すかは助成金で求められる訓練の記録に書いたとおりです。

受講者の出席にも、一定の要件があります。研修の日に急な対応が入りやすい部署や、交代勤務で全員がそろいにくい職場では、出席の要件を満たせるかどうかが、使うかどうかを分けることがあります。具体的な要件は年度の資料で確かめてください。

当社の研修では、制度を使うかどうかにかかわらず、受講者ごとの出欠・実訓練時間・課題・修了確認を実施記録として引き渡しています。記録そのものの手間は研修会社と分けられますが、社内で欠席者をどう扱うか、記録を誰が保管するかの判断は残ります。

比べる材料4:支給されない可能性

支給の可否は審査で決まります。書類の不備、要件の読み違い、受講者の出席不足など、理由はさまざまです。そして支給されなかった場合でも、研修費は払った分がそのまま残ります。

当社の場合、研修費は研修開始前のお支払いを基本としていて、助成金の支給を前提とした後払いや、不支給の場合の返金条件は設けていません。これは当社に限らず、制度の趣旨から考えて、研修費の支払いと支給の結果は切り離すのが筋だと考えています。

だから予算は、研修費の全額で組みます。「支給されれば戻ってくる」部分を予算から差し引いて稟議を通すと、支給されなかったときに説明がつかなくなります。全額で組めないなら、それ自体が「今回は規模を小さくする」か「時期を変える」かの判断材料です。

比べた結果を、1枚の表にする

ここまでの材料を、社内で比べるための表にすると次のようになります。空欄に自社の事情を書き込んでから、使うかどうかを決めます。

比べる材料使う場合使わない場合
研修を始める時期届出の期限から逆算した日以降研修会社と日程が合えば決められる
書類と担当者の時間計画届と支給申請の2回分社内の稟議と契約の手続きのみ
当日の記録制度の要件に沿って残す社内報告に必要な範囲で残す
社労士への依頼頼む場合は報酬と事務所探しの手間不要
費用の見通し研修費の全額を払い、見込みの金額は審査次第研修費の全額

どちらの列にも、研修費の全額を払うことは共通しています。違うのは、時期と社内の手間、それに見込みの金額があるかどうかです。

使わない判断が合う会社の形

比べた結果、使わないほうが合うのは、たとえば次のような会社です。研修を始める時期が動かせない会社。総務や労務の担当が1人で、書類にかける時間を確保できない会社。就業規則や出勤簿の整備がまだで、先にそちらを片づける必要がある会社。受講者の多くが、制度の対象になり得る人かどうか確かめにくい会社。そして、まず少人数で試して、社内で効果を見てから広げたい会社です。

最後の形は、少し補足します。最初の研修は制度を使わずに小さく始め、社内で手応えをつかんでから、次の部署で制度の利用を検討する、という順番を選ぶ会社もあります。最初の研修で研修会社とのやり取りや記録の残し方に慣れておくと、次に制度を使うときの準備が軽くなるケースが多いです。制度を使える会社かどうかを先に社内で確かめておきたい場合は、社労士に聞く前に社内で答えが出る7つの確認から始めてください。

反対に、時期に余裕があり、労務の書類が整っていて、顧問社労士が助成金を扱っている会社なら、使うことを前向きに検討する価値は十分にあります。最新の要件は厚生労働省の公式ページと管轄労働局でご確認ください。

よくある質問

助成金を使わないと決めたら、研修の内容は変わりますか?

当社の場合、研修の内容は変わりません。カリキュラムの設計、ライブ研修の実施、テンプレートと手順書、受講者ごとの実施記録の引き渡し、振り返り会は、制度を使うかどうかにかかわらず同じです。変わるのは日程の決め方で、制度を使う場合は届出の期限から逆算しますが、使わない場合は御社と受講者の都合で決められます。

今回は使わず、次の研修で使うことはできますか?

次の研修で制度の利用を検討すること自体はできます。ただし、すでに実施した研修について、後から制度を使うことは想定しないでください。多くの場合、研修を始める前の届出が前提になるためです。要件は年度やコース区分で変わり、支給の可否は管轄労働局の審査で決まるので、次の研修を計画する段階で、最新の資料と専門家に確かめることをおすすめします。

使うかどうかを、研修会社に決めてもらえますか?

決めるのは御社です。当社がお出しできるのは、届出の期限から逆算した日程案、カリキュラムと見積、公式資料の在り処と確認の順番の整理までで、支給の可否の判断や申請の代行は行いません。使う場合と使わない場合の日程案を両方お出しして、社内で比べる材料にしていただく形が多いです。必要に応じて社会保険労務士等の専門家にもご確認ください。

使うか使わないかは、同じ紙に並べてから決める

助成金を使うかどうかは、助成され得る金額だけでは決まりません。開始時期の後ろ倒し、書類と担当者の時間、当日の記録、社労士への依頼、支給されない可能性。これらを、使わない場合と同じ表に並べてから決めます。どちらを選んでも研修費の全額は払うので、予算は全額で組みます。使わないと決めることは、制度を否定することではなく、今回の研修の事情に合わせた選択です。

使う場合と使わない場合の日程を並べて比べたい段階でも、お気軽にご相談ください。