契約書の読み合わせに生成AIを使う ── 要約と質問リストまで、判断は人と専門家
取引先から契約書のPDFが届く。担当者が開いて、第20条まで目を通して、「たぶん大丈夫だと思います」と上長に回す。法務部門のない会社では、契約書の確認はだいたいこの形で進んでいます。
そこに生成AIを入れると、何が変わるか。変わるのは「読める」ようになることで、「判断できる」ようになることではありません。この区別を先に引かないまま使い始めると、AIの要約を根拠に押印する、という最もまずい使い方に流れます。
この記事では、契約書の読み合わせでAIに任せる範囲を3つに絞り、その手前にある「入力してよいか」の確認と、その先にある「誰が判断するか」を厚めに書きます。当社は研修会社であって法律の専門家ではなく、ここに書くのは法的助言ではありません。登場する契約や会社は架空の想定例で、実際の顧客事例ではありません。
任せるのは、平易化・差分・質問リストの3つまで
契約書の読み合わせで生成AIに任せる仕事は、次の3つに絞っています。
| 任せる仕事 | 出てくるもの |
|---|---|
| 条項の平易化 | 「甲は乙に対し」を「当社は取引先に」に置き換え、条項ごとに義務・権利・期限・金額を一覧にしたもの |
| 自社雛形との差分 | 自社の基本契約書の雛形と比べて、追加・削除・変更された条項の一覧 |
| 確認質問の作成 | 先方に聞くこと、社内で決めること、専門家に聞くことに振り分けた質問の一覧 |
3つとも、出てくるのは「読むための資料」です。この条項を受けてよいか、危ない条項はどれか、どう修正すべきか。ここは含めません。理由は後半で書きます。
その前に、この契約書を入力してよいか
任せる範囲の話より先に、片づけておく確認があります。契約書を外部のサービスに入れてよいか、です。
多くの会社の生成AI利用ルールで、取引先との契約書は「入力してはいけない情報」の区分に入っています。当社が配布しているひな形でも、契約情報は第3条の表に載せています。この線引きの決め方は生成AIの社内ルールは、第3条と第8条だけ先に決めるに書いたので、ここでは契約書に限って確認の順番だけ示します。
- 自社のルールで、契約情報がどう扱われているか。入力禁止なら、この記事の残りは読まなくて構いません。使わない、で終わりです
- 使うサービスが会社契約のものか、個人が登録したものか。入力した内容が学習に使われない設定になっているか。個人アカウントで契約書を扱う運用は、当社は勧めていません
- 先方と結んでいる秘密保持契約に、第三者への開示を制限する条項があるか。外部サービスへの入力がその「開示」に当たるかどうかは、契約の文言と利用するサービスの規約によって変わります。ここは当社では判断できないので、弁護士に確認する論点として扱います
- 入れる場合、社名・個人名・金額を記号に置き換えられるか。条項の平易化と雛形との差分は、固有名詞がなくても成立します
迷ったら入れない。それで困ることは、実はあまりありません。「当社は契約書をAIに入れない」と決めるのも、立派な決め方の1つです。
例:業務委託基本契約書の読み合わせ(想定例)
架空の想定例です。ソフトウェアの受託開発をしている従業員40名の会社が、新しい取引先から業務委託基本契約書を受け取りました。全30条。自社の雛形は20条です。会社は「乙」の立場です。
社内ルールでは会社契約のサービスに限って契約書の入力を認めていて、社名と金額は記号に置き換える運用にしている、という前提で進めます。
1回目:条項の平易化
指示文は、業務で使うプロンプトの型(4要素)の型で書きます。
あなたは中小企業の管理部門の担当者です。取引先から届いた業務委託基本契約書を、社内で読み合わせるための資料にします。
【材料】契約書の条文を以下に貼ります。当社は「乙」です。(ここに貼付)
【形式】条項ごとに1行の表。列は「条番号」「当社の義務」「当社の権利」「期限・金額」「元の条文の該当箇所をそのまま引用」。
【条件】条文に書かれていないことは書かない。「一般的には」で始まる説明はしない。この条項が有利か不利かの評価は書かない。
最後の列、「元の条文をそのまま引用」が要ります。要約だけを読むと、原文に戻らなくなるからです。期限と金額は、必ず引用の列で原文を確かめます。「10営業日」が「10日」に丸められることは、普通に起きます。
2回目:自社雛形との差分
雛形の全文と、届いた契約書の全文を渡し、「雛形にない条項」「雛形にあるが削られた条項」「文言が変わった条項」の3区分で出してもらいます。
この想定例では、次の3点が出てきました。損害賠償の上限を定める条項が、雛形にはあるのに届いた契約書にはない。契約不適合責任の期間が、雛形の1年から2年に延びている。成果物の知的財産権の帰属が、雛形では乙に留保する文言だったのが、甲に移転する文言に変わっている。
ここまでで分かるのは「違う」ことだけです。違うことが問題かどうかは、まだ誰も判断していません。
3回目:質問リストを3方向に振り分ける
差分と平易化の結果を材料に、確認すべき質問を「先方に聞く」「社内で決める」「専門家に聞く」に振り分けて出してもらいます。
| 振り分け | 質問の例 |
|---|---|
| 先方に聞く | 第15条の「乙の関連会社」には、資本関係のない協力会社を含むのか |
| 社内で決める | 第20条の再委託の事前承諾について、いま使っている外注先を契約前に申告するか |
| 専門家に聞く | 損害賠償の上限がない状態で、この規模の取引を受けてよいか。知的財産権の移転条項は、当社の他の顧客への納品に影響するか |
3列目が、弁護士に持ち込む質問です。要約と差分と質問が手元にあると、相談の場で条文を一から読んでもらう時間が減ることを見込んでいます。相談の費用や時間がどれくらい変わるかは、契約の中身と相談先によるので、ここでは断定しません。
この3方向の振り分けは、契約書以外の文書にも使えます。購買で取引先の仕様書を読む場合の使い方は購買・調達で生成AIを使うに書きました。
判断は人と専門家に残す ── 線の引き方
ここが本題です。AIの出力を、どこまで信じて、どこで止めるか。
「一般的な条項です」を根拠にしない。 AIは自社の取引規模、過去の取引先との経緯、資金の余力を知りません。「よくある条項」が自社にとって受けられる条項かどうかは、別の問題です。
修正文案をそのまま返さない。 AIに修正案を書かせること自体はできます。ただ、それを先方に送る前に、専門家か、少なくとも決裁者が読む工程を入れます。修正文案は法的な意味を持つ文章で、一語の違いで義務の範囲が変わります。
評価の言葉を出力から外す。 「リスクが高い」「不利です」という語を出させない条件を、指示文に入れておきます。評価の言葉が入った要約は、読んだ人の判断を先に決めてしまいます。
専門家に渡す契約を決めておく。 不動産、雇用、出資や事業譲渡、英文契約。これらは最初から弁護士や司法書士に見てもらう、と社内で決めておきます。AIで下読みする対象は、取引基本契約や業務委託契約、秘密保持契約のような、件数が多く型のある契約に絞ります。
判断の主体を人に残すのは、AIが間違えるからというだけではありません。契約は、判断した人が責任を負う文書です。「AIがこう言っていた」は、先方にも社内にも通りません。
研修のテーマに向く会社、向かない会社
正直に書くと、契約書の読み合わせは、研修のテーマとして万人向けではありません。
向くのは、年に数十件の契約書を管理部門の担当者が読んでいて、自社の雛形があり、顧問弁護士には要所だけ聞いている会社です。平易化と差分の工程が、担当者の時間をかなり食っているからです。
向かないのは、契約書が年に数件で、顧問弁護士に全部見てもらっている会社です。この場合、研修のテーマにする必要はありません。当社に頼まなくてよいので、顧問にそのまま頼むほうが早く、安全です。
向く会社でも、契約書だけを単独のテーマにすることは、当社ではあまりしていません。総務・管理部門の文書業務の1つとして扱い、社内通知や規程の改定案とあわせて演習にする形が多いです。演習で使う契約書は匿名化したサンプルで、御社の実際の契約書を研修に持ち込むことはありません。入力してよい情報の範囲は、議事録の場合と同じ整理になります(議事録に生成AIを使うときの社内ルール)。
よくある質問
AIに契約書の修正案を書かせてもよいですか?
書かせること自体はできますが、そのまま先方に送らない前提が要ります。修正文案は一語の違いで義務の範囲が変わる文章です。AIの案は「社内で検討する材料」として扱い、先方に出す前に弁護士か決裁者が読む工程を入れることをおすすめします。指示文には「有利・不利の評価は書かない」という条件を加えておくと、読む人の判断が先に固まりにくくなります。
契約書を入力すると、取引先との秘密保持契約に違反しませんか?
契約の文言と、使うサービスの規約によって変わるため、当社では判断できません。秘密保持契約に第三者への開示を制限する条項がある場合、外部サービスへの入力がその開示に当たるかどうかは、弁護士に確認する論点として扱ってください。迷う場合は入力しない、社名や金額を記号に置き換える、会社契約のサービスに限る、の順で検討する形をおすすめしています。
契約書の読み合わせは研修のテーマになりますか?
年に数十件の契約書を担当者が読んでいて、自社の雛形がある会社であれば、総務・管理部門の文書業務の1つとして扱えます。契約書だけを単独のテーマにすることは少なく、演習は匿名化したサンプルの契約書で行います。契約書が年に数件で顧問弁護士が全部見ている会社では、研修のテーマにする必要はないと考えています。
読めるようになる。判断できるようにはならない
生成AIで変わるのは、契約書が読める状態になるまでの時間です。平易化、雛形との差分、3方向の質問リスト。ここまでは任せられます。受けるかどうか、直すかどうか、法的にどうか。ここは人と専門家に残します。その前に、入力してよい契約書かどうかを社内ルールで確かめる。順番はこの3段です。
契約書を含む管理部門の文書業務のどこから始めるか整理したい段階でも、お気軽にご相談ください。